院長挨拶 ~初めまして!東長崎駅前内科クリニック院長の吉良文孝です~

ご挨拶

私のすべての経験を活かして、みなさまをおなかの悩みから解放したい。
そして人生を楽しく過ごすお手伝いができれば幸せに思います。

院長東長崎駅前内科クリニック院長を務めさせていただきます吉良 文孝(きら ふみたか)と申します。当院ホームページをご覧いただき誠にありがとうございます。
2018年6月1日に、東京都の豊島区にある西武池袋線東長崎駅北口より徒歩30秒の駅前立地に東長崎駅前内科クリニックをオープンさせていただきました。
東長崎駅周辺にお住いの方をはじめ、椎名町、江古田、桜台などの西武池袋線沿線や要町・千川・小竹向原・新桜台などの有楽町線沿線、東武東上線沿線にお住いの方々の利便性を考え、ここに開院することとなりました。
東長崎周辺のみならず、池袋・千川・要町・落合南長崎在住の方、清瀬・所沢・狭山・川越など西武池袋線沿線の方までたくさんの方に受診いただいております。
当院の強みである胃カメラ・大腸カメラなどの内視鏡検査は練馬区・板橋区・文京区・北区など23区全域だけでなく池袋からの利便性もあり埼玉県・神奈川県や海外からも多くの方がいらっしゃっています。
大腸洗浄の自費診療においては埼玉県はもちろん、横浜、川崎など神奈川県・千葉県・群馬県・長野県など遠方からわざわざ来ていただいており、ご予約も1か月以上待ちの状態になっております。
ご来院いただいた患者様のご紹介もあり遠方からの来院が増えており、内視鏡検査・腸内洗浄共に1か月以上検査をお待たせしてしまうこともあります。ありがたいと感謝の気持ちがある一方で待たせしていしまっている方々に申し訳なく思っております。
これからもより一層みなさまの健康に貢献していきたいと考えております。今後も内科・消化器内科・内視鏡内科とした池袋をはじめとした豊島区全域、練馬区や西東京市など西武池袋線沿線にお住いの方のお役に立ちたいと考えておりますので遠方にお住まいの方もお気軽にご相談にいらっしゃっていただけると嬉しいです。

東長崎駅前内科クリニック院長 吉良 文孝(きら ふみたか)

平成15年3月 東京慈恵会医科大学 医学部医学科卒業
平成15年4月~
平成20年3月
大学病院での高度・専門的な研修より、より幅広く・より身近な地域中核病院での研鑽を希望し、東京警察病院にて初期臨床研修を実施。
平成20年4月~
平成23年3月
内科全般・救急全般を学んだ後、自らの手に技術を身に着けるべく、東京警察病院での初期および後期研修終了後、消化器内科に入局。
平成23年4月~
平成29年3月
技術と知識を更に向上させるために、新しい環境に身を置くことの必要性を感じ、全くの新天地であるJCHO東京新宿メディカルセンター(旧東京厚生年金病院)へ消化器内科医長として勤務。
平成29年4月~
平成30年5月
1か所の職場で身につける知識に限界を感じ、JCHO東京新宿メディカルセンター 非常勤医師となる。 株式会社サイキンソーにCMEO(Chief Medical Officer)として参画し、様々な新しい技術や知識に触れる。また経営やチームマネジメントなど今までの勤務では、学べなかったことを多く学ぶ。 また自身のやりたい医療を模索する為、都内内科クリニックや健診専門クリニック、医師会など様々な医療現場での勤務も並行して行う。
平成30年6月~
現在
様々な業種の方のご支援や今のクリニックメンバーとのご縁をいただき、西武池袋線東長崎駅前に内科・胃腸内科・内視鏡内科である東長崎駅前内科クリニックを開設。

資格

  • 日本内科学会認定 認定内科医
  • 日本消化器病学会認定 消化器病専門医
  • 日本消化管学会認定 胃腸科指導医
  • 日本消化器内視鏡学会 認定内視鏡専門医
  • 日本肝臓学会認定 肝臓専門医
  • 日本ヘリコバクター学会認定 ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染症認定医

わたしたちのできること

わたしたちのできること今までの内科医・消化器内科医・内視鏡医としての15年のキャリアを活かし、地域沿線のみなさまに安心・安全な医療を提供し、地域医療を通じ皆様の“人生”“生きがい”のサポートさせていただきたいと思っております。

これからの新しい医療をみなさまに

現在、国の方針として未病・予防医学の推進が始まっております。当院でも保険診療以外にも未病・予防医学にも力を入れていきたいと思っております。学ぶべきものもまだまだたくさんありますが、いつまでも初心を忘れず自身の成長に全力をつくし、東長崎という地域と一緒に成長していきたいと思っております。地域でおなかの悩みを抱える方ゼロを目指していきたいと思います。

院長の生い立ち

私が開院に至った理由とその思いと願い
大切に思うことは医療従事者でありながらリアル社会に触れ、皆様の心に近づくこと
だからこそ、最前線の現場である皆様に心のこもった医療を届けることができる・・・

1.生後2ヶ月で外科手術、現代医療の恩恵を早々と受ける

私は1978年にこの世に生を受けました。出産時こそ正常体重でした。しかしその後より食べたものを吐くようになり、みるみる痩せていったそうです。病院を受診したところ肥厚性幽門狭窄症という胃腸の疾患と診断されました。まさかの生後2ヶ月で外科手術という現代医療の恩恵を早々と受けることになります。今でもわたしのおなかには成長ともに育った手術の傷跡が残っています。命を救ってもらったことでいつしか医師を目指すようになりました・・・と書きたいところですが、私の場合はそうはならず、「ありがとうございました」で終わってしまいました。

2.思ったことを信念をもってやりきることの重要さを知った学生時代

子供のころは手先だけは器用でした。小学校のころ作った工作が美術館に展示されたのは今でも良い思い出です。そして何となく物を作るような手先を動かす仕事につきたいと思っていました。
また未知への好奇心も強く、考古学者になっていろいろな謎を解明したいとも思っていました。中学高校時代は丁度サッカーJリーグが始まったころで流行に乗ってサッカー部に入りました。もともと運動神経が良くなかったので部活でめきめきと頭角を現すはずもなく、中の下くらいで6年間の部活生活を終えます。ただ周囲のほとんどが大学受験を控え早めに部活を引退する中、高校3年の夏まで受験勉強と並行してサッカーを続けたことで信念をもってやりきることの重要さを学んだような気がします。
中高時代は素行が良かったとも言えないので、いろいろと親に面倒もかけました。非常に扱いづらかったと思います。そんな状態でも多少の御小言程度で済ませ、大学進学までサポートしてくれた両親に感謝しております。

3.医学部での面接の際に私が何気なく答えた言葉「医療を通じて患者さんの人生をつくる」が医療へ導いてくれた

実は私は進学ギリギリまで医学部と建築学部のどちらに進むか悩んでいました(考古学への夢は小学校まででした・・)。こともあろうに受験の際も医学部・建築学部両方受験という暴挙にでます。しかし医学部での面接の際に私が何気なく答えた言葉がストンと心に落ち、医学部進学を決めることになります。
「建築家が家を作ることで施主の人生に彩りを与えるように、医療を通じて患者さんの人生をつくる手伝いがしたい。」
医療を通じて病気を治したいという思いも勿論ありましたが、私が何とかしてあげたいと思っているのは“人生”“生きがい”なのだなと初めて気づきました。おそらく開業医をしていた父の診療スタイルを幼少期よりずっと見てきた影響なのだと思います。また今思えば手を動かして仕事したい、未知なる知識を身につけたいという自信の欲求にも合っていたのだと思います。

4.医療関係を離れリアルな社会を体験したくて
居酒屋・バーなどの接客業のアルバイトに精を出す医学部時代

医学部進学後ではハンドボール部に入りました。その後の経過は中高サッカー部と同じで中の下でしたが、ここでも国家試験ギリギリまで部活をやりきりました。
またご周知のとおり医学部は6年間大学に通い卒後試験に合格できれば社会経験と関係なく“お医者様”としてありがたがられる存在です。私はその前に社会を体験したくて居酒屋・バーなどの接客業のアルバイトに精を出しました。お客様の前でひざまずいて注文を取ったり、よくわからないクレームを言われ対応するのも初めての経験でした。朝方まで仕事してそれから大学に行って、そのあと部活のような生活がしばらく続きました。学業へ支障をきたすギリギリのところで生活していました。
また、国内の社会経験とは別に国を超えた社会や文化にリアル触れる経験もしました。大学の友人とともにバックパックを背にタイ、カンボジア、メキシコ、ヨーロッパなどを自力で格安で旅して世界のことも見てきました。英語の通じないフランスの山奥で電車がなくなって途方にくれたり、カンボジアで生ジュースを飲んでお腹を下し、ずっとトイレットペーパーを片手に旅をしたり。明日は命はあるのか、といういろいろありました。
大学での勉学以外の経験は今の私の人生に大きな影響を与えていると思います。

5.最先端より最前線へ。最先端の大学を飛び出て最前線の市中病院へ

医学部卒業後は大学病院への道もありましたが、私は当時には珍しく大学を飛び出て市中病院への就職を決意します。
すこし話はそれますが、私は医療施設には色々なステージがあると思っています。

  • 最新の医療を研究開発する研究施設
  • 開発されたばかりの医療を実際の現場で使用していく大学病院などの最先端施設
  • 最先端医療をより一般に広めていく一般総合病院
  • より門戸の広い最前線の開業医。下に行くほど専門性が薄れ、扱う疾患が増えていくと思います。

最先端医療に興味はありましたが、それよりも最前線であることが重要と考え一般総合病院を選択しました。研修医時代は本当に大変でした。集中治療室に徹夜で患者さんの状態を見張り、数日間家に帰れない事もありました。しかしそのおかげで何でも経験する事ができました。急性心筋梗塞や致死的不整脈から各種癌の抗がん剤治療までありとあらゆる疾患治療を担当。血管カテーテル検査、内視鏡検査など内科医がおよそ施行しうる手技を一通り行うこともできました。
大学での勉学以外の経験は今の私の人生に大きな影響を与えていると思います。

6.消化器内科医として。研修終了後も大学に戻らず市中病院で内科全般から救急診療まで携わる

開業することは当初から意識していました。手を動かして何か一人でやりきることができる技術を習得したいという思いから研修終了後は消化器内科を選びました。そこで大学に戻ることもできましたが、やはり消化器内科医として最前線にいたいと思い、引き続き市中病院に身を置きました。そこでも消化器領域のありとあらゆる疾患を診ることができました。各種消化器癌・炎症性腸疾患・C型肝炎・肝硬変などの肝疾患・機能性胃腸症・胆石・急性膵炎などの胆膵疾患など。これは大学病院では細分化されている領域。しかし市中病院だったからこそ横断的に経験することができました。担当患者さんが循環器疾患や糖尿病などの消化器以外の疾患をお持ちの際も自身で治療し経過を見ていけることができました。当直で内科全般に関わる救急診療に携われたことは市中病院ならではだったのかもしれません。

7.開業することへの決意。開業直前の1年間のフリーランスでリアルな社会と人とのつながり。そして保険診療以外の最新技術導入まで。

しかし組織の中では個々の患者さんに合わせた治療が行いにくく、保険診療以外にも良いものがあっても導入がしにくいことがあり、徐々に窮屈な感じを受けるようになりました。最近は技術の進歩に伴い、最新の技術を学び・導入することが非常に簡単になってきたこともあり、開業することで自分がやりたい新しい医療を最前線の現場が実現できるのではと考えるようになり、開業を決意しました。開業する前に一旦組織を離れフリーランスとして活動する中で、自身の実現したい医療、導入したい医療を1年かけて探しました。業者の方にも全員自らあってじっくり話を伺いました。
またいろいろな業種の方と会うべく行動し、本当に様々な方とご縁をいただきました。子供の学校のPTAの役員をやってみたり、教育関係者の集まりに参加したり、ゲーム会社の方とゲームを作ったり、AIの勉強会、瞑想の勉強会と色々行きました。そしてその他の地域で成功されている開業医の方々にもご縁をいただき、その中でお互いの考えに賛同し協力しあえるパートナーとして梅華会と出会い、今回の開業に至りました。
色々と寄り道もありましたが、今までのバラバラであった経験がすべてここに繋がっていると実感しております。

みなさまの生活と心に近い、人生に寄り添う存在になりたい。

皆さん病院はできればお世話になりたくないところだと思います。来たくないはずのところにいらっしゃる患者さんたちの気持ちに寄り添えるクリニック、またおなかの悩みから解放されることで人生を楽しく過ごせるようにお手伝いができるクリニックでありたいと思っております。

最後までお読みいただきましてありがとうございます。
東長崎駅前内科クリニックを今後とも宜しくお願い致します。

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